テン年代を振り返る、と語るには仰々しすぎるし身分不相応なんだけど

いわゆる「テン年代」が終わった。これは、平成が令和に変わったということよりも、個人的にはすごく大きなことだったりする。

 

2010年の1月1日、奈良の実家からママチャリに乗って、ひとり京都・北野天満宮に初詣に出かけた。往復100km以上。受験生だった僕は神頼みでも運頼みでも、何でもいいから、志望校に受かりたいと。ただただその衝動だけで、真冬の夜道を、自転車で飛ばした。

 

その3か月後の4月1日、僕は早稲田大学の入学式に出席していた。19年間、奈良の田舎で暮らしていた僕にとって、東京の街で見るヒト、モノ、コト、そのすべてがとてもキラキラと映っていた。

大学の4年間(結果的に4年半になったわけだけど)を何に賭するのか? と、考えた結果として、僕はサークル活動にのめりこんでいくこととなる。

 

「早稲田リンクス」――「人と情報の交差点」をスローガンに掲げるこのサークルをきっかけに得た経験、出会い、その他いろんな物事が、その後の10年間を決めていったといっても過言ではない。

この団体が、何をやっている団体なのか? と考えたときに、あてはまるピッタリな言葉、説明を、僕は10年経ってもまだ見つけられずにいる。外の人から形容されるときには「フリーペーパーサークル」とか「イベントサークル」とか。諸々ひっくるめて「企画サークル」とか言われたりするけど、そのすべては合っているようで、合っていないのかな、と、個人的には思う。

 

僕がリンクスで、一番影響を受けた価値観、視座というのは「企画は手段」ということである。

(いや、サークルなんて価値観はそれぞれだから、デザインを極めたいとか、文章をとにかく書きたいとか、学祭でライブイベントやりたいとか、企画・制作物そのものを目的化していた仲間も一定数居たんだけど。それはそれとして、今回は自分自身の感覚を書き連ねることにしてみる)

 

新しいフリーペーパーを発刊するにも、学園祭でイベントを実施するにも、当時避けて通れなかったのは「承認会議」という場だった。ある企画について、「誰に対して、何を伝えて、どういうふうに態度変容させたいのか」プレゼンテーションし、徹底的に議論する。会議に出席したメンバーの満場一致の賛成が得られない限りは、提案した企画が日の目を見ることはない。

「伝えたい想い」が目的としてあって、それを発信する手段として「企画」がある。その双方の整合性、妥当性があって、初めて承認される。

 

毎週水曜の夕方から実施されていた会議。僕が提案した企画が、その週に通らず、翌週に持ちこまれたこともあった。当時、厳しい意見や質疑を投げかけてきた人たちが、いくぶん悪者に映ってしまったことも、正直あったけど、あのとき試行錯誤したことが、その後にすごく大きな影響を与えた、と感じている。

 

2015年4月1日、僕はPR会社に入社することとなった。「PR」というものに興味関心を抱いたきっかけは、たくさんあるんだけど、根底にあるのは、早稲田リンクスで得た感覚や価値観なのかもなと、改めて思う。

それは、伝えたい事柄があって、それを伝える企画があったとして、その企画の形はなんだっていい、というある種のニュートラル性が共通している、ということだ。

そして「PR会社って、何をやっている会社なんですか?」という問いに、入社から5年経っていまだにいまいちよく理解できていないあたりも、リンクスと似ている。

(ちなみに。リンクスの先輩同期後輩、見渡してもPR会社にお勤めの方は、僕が知り得る限り、一人も心当たりがないのだけど・・・)

 

 

テン年代が終わった。手段、とは言ったものの、結局のところつい目的化してしまってきた「企画」というものに取りつかれて、かれこれ10年が経とうとしている。

どうもセンスがないのか不器用なのか、あるいは単に怠慢なのか、国際的なイベントに縁はなく、業界の賞典に輝くこともなく、あれだけ憧れた東京の街からは2年前に追放されて、奈良の実家でこの文章を打っている。

この10年間が良かったのか、どうなのか、わからないけど、学生時代と似たようなことをやって、それなりに楽しく仕事をしている僕は、どうやら贅沢なやつなんだろうなと思う。

 

20年代が、そして20代最後の一年が始まる。この文章を打っているのは、僕もそれなりにこの歳になって「これからどうすんだろうなぁ」と、物思いにふけることも少なくないから、思考整理がてら、ということで。

でも正月休み10日間、いろいろ考えてみたんだけど、たぶん似たようなことやって次の10年間も過ごすんだろうなと、思う。自分がどうなりたいとか、ライフイベントとかキャリアとか、そういう難しくて面倒なことは、よくわからない。なるようになる、と思っている。

一個だけあるのは、さっきからさんざん書いているその企画というやつを、もっと徹底的に極めていきたい、ということ。知識、知恵、教養、その他もろもろ、ただただよりよい企画を作っていきたい、ということに捧げていきたいなと、いま一度、そう思う。